「しゃちほこ」見守る御柱祭 諏訪聖徳神社

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こま犬代わりに「しゃちほこ」がある諏訪聖徳神社。御柱祭を前に鳥居(左奥)が建て替えられた

こま犬代わりに「しゃちほこ」がある諏訪聖徳神社。御柱祭を前に鳥居(左奥)が建て替えられた

こま犬代わりに「しゃちほこ」が置かれている諏訪市茶臼山の手長神社境内にある諏訪聖徳神社の御柱祭が20日、行われる。上諏訪地区を中心にした建築関係者でつくる諏訪聖徳講が高島城前から同神社まで2本の御柱を曳行(えいこう)する。かつては芸者も曳行に加わったとされる同神社の御柱祭。同講ではにぎやかな祭りにしたいと一般からの参加を歓迎している。

手長神社の宮坂清宮司によると、聖徳神社は大工などの職に携わる「上諏訪工匠組合」が1938(昭和13)年の御柱祭にあたり社を建立。これに合わせてしゃちほこも奉納したという。

聖徳講では今回、祭り本番を前に、聖徳神社入り口の鳥居を建て替え、高さ2.4メートル、幅2.1メートルの鳥居に一新。以前の鳥居は建立時期が不明だが、傷みが顕著だったという。ヒノキ材を使い、上部は銅版ぶきにした。

20日は午後0時30分から神事を行ったあと、同1時から曳行を開始。一之御柱は直径35センチ、二之御柱は同32センチで、いずれも長さは約4メートル。

御柱は高島城前から出発し丸高蔵前、旧消防署前から並木通りを通り、JRの軌道と国道20号はトラックに載せ通過。手長神社下の階段から再び曳行を始め、階段を上り午後3時に聖徳神社に曳き着け4本の建て御柱を行う予定だ。

聖徳神社世話人代表の小澤清一さん(75)=杉菜池=は「皆さんに来ていただき、楽しく盛大にできれば」と話す。

しゃちほこの設置は、大正時代に高島城の復興話が持ち上がったのが発端とされる。大工のほか、土建関係者や石工、製材工、左官工などでつくる上諏訪工匠組合が組織され、築城計画が進められた。

瓦づくりのしゃちほこはいち早く出来上がったものの、大正時代から昭和にかけての経済不況で築城計画は頓挫。このため天守閣に取り付けられる予定だったしゃちほこ1対は聖徳神社に納められたとされる。

宮坂宮司は「しゃちほこは当時の人たちの気概を象徴する」とし「社の前にしゃちほこという発想はユニーク」としている。

御柱の曳行については世話人代表の小澤さん(電話090・8843・0697)へ。

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