2023年6月17日付
上品な光沢となめらかな肌触り。古くから高級素材として世界中で親しまれている。1909(明治42)年、日本は中国を抜いて世界一の生糸輸出国になった。蚕の繭から取った天然繊維がシルクである▼繭から糸を取り出して生糸にする製糸業。1924(大正13)年に長野県が生糸生産量で全国1位となり、製糸工場であふれた岡谷は国内に「糸都(しと)岡谷」の名をとどろかせた。農林水産省によると、養蚕農家数と生産量は年々減少し、現在日本で流通するシルクは大半が輸入品。国産生糸のシェアは1%以下となっている▼養蚕に取り組む岡谷市の三沢区民農園。先日、取材で訪れた。蚕を見るのは何十年ぶりだろうか。蚕室に入り、恐る恐るのぞき込んでみた。ほとんどの蚕は上半身を上げたまま動かない。脱皮の準備に入る「眠」の状態だという。その姿はどことなく品があるように感じた▼蚕は人間に飼育される家畜として大切にされてきた。そのため数え方は「匹」ではなく「頭」を使う。農家にとって養蚕は貴重な収入の手段であったことから、養蚕が盛んだった地方では今でも「お蚕さま」の呼び名が残る▼ナイロンなどの合成化学繊維が主流の現代でも重宝されているシルク。栄枯盛衰を経験しようとも、伝統は昔ながらの形を大切にして脈々と受け継がれていく。「シルク岡谷」の歴史も、色あせることなく未来へと紡がれていくのだろう。