片倉館 竣工記念の風呂敷探しで別の貴重品も

寄贈された片倉ゆかりの重掛け(手前)と風呂敷
1928(昭和3)年の竣工を祝って「招待客に風呂敷を贈った」との記録を頼りに情報を求めている諏訪市湖岸通り4の片倉館(片倉健太郎館長)に、地域の人から片倉ゆかりの品が寄せられた。初代兼太郎翁の銅像建立(昭和4年)の際に引き出物とした重掛けと、「片倉組」と染め抜いた風呂敷の2点で、探し求める品ではないものの、いずれも「存在すら知らなかった。片倉の歴史を物語る大変貴重な史料」(片倉健太郎館長)と協力に感謝している。
重掛けは富士見町富里の武井邦夫さんが寄贈した。贈答品に掛けて使うふくさで、110センチ四方。深く渋いコケ色と紺色のジャカード織で絹糸が縁取る。一角の刺しゅう文字から岡谷市川岸の鶴峯公園に像を建立した際の記念品と分かった。岡谷市内の武井家本家(旧平野村長宅)の品々の中に花嫁衣装、婚礼道具とともにあったという。
風呂敷は諏訪市諏訪1の金鵄園茶店が寄付した。90センチ四方の木綿製で青地に「信州諏訪」「片倉組」と白抜きされている。今年4月に市内の温泉寺からもらった大きな急須を包んでいたという。瀧瑞巌住職によると、急須は包みごと都内に住む諏訪出身の檀家からの寄贈品。元の持ち主の名前が「大手町 花岡」とある。金鵄園の4代目、宮坂美代子さんが「包みを開いたら、年代物でびっくりした」と貴重さに気付いた。宮坂時彦社長は「地域の中で世代を超えてさまざまな人の手を巡り、再び片倉館に戻せたことがうれしい」と話す。
日本風呂敷協会(京都市)によると重掛けは、地模様が立湧(たちわく)に菊模様、柄は「竹に麒麟(きりん)」。「掛けぶくさの文様は贈る目的を相手に伝える役割があるので、『これから永遠に幸せなことが続くように』という意味合いがうかがえる。配られた時期が秋という点でもとても緻密に計算されたものづくり」と評価している。風呂敷も「日用されていただけに後世に残りにくく、古いものは貴重」という。
片倉館長は「快く寄贈いただき、地元の人たちの温かさにも触れた」と館の歴史が取り持つ縁に感じ入っている。