2023年8月21日付

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岡谷市湊在住の作詞家小口幸重さん(83)は、作詞ではなく「作詩」という文字を大切にしている。「ごーんと響き渡る寺の鐘のように、みんなの心に届く詩を書きたいのです」▼18歳のころ、歌謡曲研究会の同人誌「こけし人形」に投稿を始めた。1969年、岡谷市で結核の療養中だった作曲家平尾昌晃さんの依頼で書いた「星のみずうみ」が布施明さんの歌唱でヒット。歌謡界に手応えを感じた矢先、詩作仲間の急逝に衝撃を受け、筆を置き会社勤めに専念する▼復帰は62歳。戦後を代表する作詞家星野哲郎さんから届いた手紙に触発され、同人誌への投稿を再開した。しかし不運が重なる。2006年7月の豪雨災害で被災し、押し寄せる土砂に流されながらも奇跡的に助かった。翌年、体験を踏まえて再起への決意をつづった「龍馬花みれん」でカムバックを果たす▼作家の五木寛之さんは1960年代、演歌や歌謡曲を「孤立無援の人間の歌」と愛した。庶民の胸の底にたぎる悲しみ、怨みを華やかな詩に転じて歌う歌を「艶歌」と呼び、音楽性の貧しさを憎み、高めることが日本人の歌を創り出す道だと訴えた▼幸重さんが作詩した「捜さないでね…」が日本クラウンから今月発売され、人気を集めているという。歌手は水瀬団さん。戦後の暗い世情を明るくしたのは歌だった。そう語る幸重さんの笑顔には、詩の力を信じて疑わない少年が今も宿っている。

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