2023年9月30日付
きょうで今年の渓流釣りは終わり。来春まで禁漁期間でイワナやヤマメを釣ることはできないが、釣り師たちは魚とのやり取りや川の流れを鮮明に覚えていて、いつでも記憶の引き出しから取り出すことができる。読者諸兄の釣果はいかがでしたか▼渓流魚の中でもイワナはえたいが知れない魚だと思う。河川の最上流部にすみ、普段は岩陰で餌が流れてくるのを待っている。警戒心が強いのに、餌と分かればカエルやヘビにも食らいつく。昆虫1匹捕まえればイワナ1匹釣るのは造作ない▼森の中で自給自足的な生活を続けた作家の田渕義雄は「ひとりきりで遊ぶことを教えてくれたのはイワナ釣りだった」と記している。もの思いにふけったり、夢を膨らませたりしながら、イワナを求めてさまよい歩き、ひたすら奥山を目指す。ひとりだからこそ「新しい友だちができる」と作家は語っていた▼〈1時間、幸せになりたかったら酒を飲みなさい。3日間、幸せになりたかったら結婚しなさい。8日間、幸せになりたかったら豚を殺して食べなさい。永遠に、幸せになりたかったら釣りを覚えなさい〉。釣り師を慰めるこんな言葉もある▼イワナはこれから繁殖期に入る。紅葉の渓谷を歩き、支流の川底を静かに観察すると、浅瀬で求婚、産卵行動をするイワナに出合う。小さな命の営みに思いをはせながら、記憶のかなたに逃げ込んだイワナを釣りに行こう。