2023年12月6日付

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茅野市蓼科高原の山荘「無藝荘」を晩年の仕事場にした小津安二郎監督は、ふもとの湯川集落にある山荘管理人の家をたびたび訪ねた。古い農家のたたずまいに強い関心を示し、ささくれだった板目を眺め、かつて養蚕をしていた18畳間のすすけた天井や太い梁を見上げていたという▼八ケ岳山麓に残る古民家の特徴の一つに深い軒がある。雨の日でも農作業に都合がよく、野菜を並べて数えたり、干したりするのに使う。小津監督は縁側に腰掛けて、その家の若者に「古い農家の住まいは、心が安らぐ立派な造りだ。あまり手を入れずに大切にしなさい」と語り掛けた▼言葉を受け取った栁澤徳一さん(90)は今、築150年以上の家に暮らす。「建て替えなくてよかった。ご先祖が大変な苦労の中で家を残してくれた思いをしのぶことができるから。小津先生には感謝の思いでいっぱいです」▼小津作品はごく普通の家族を描いている。評論家の佐藤忠男は「日本社会の基礎をなす家族制度が急速に崩壊していった時代。解体してしまう家を、懸命に維持しようと努力する人々が彼の作品の変わらぬ登場人物であった」(『小津安二郎の芸術』)と記した▼12月12日は小津監督の生誕120年、没後60年。人生は多様化し、家も変わり続ける。小津監督は生涯独身を貫いた。代々受け継がれた農家の営みに理想の家の姿を見たのだろうか。今は知る由もない。

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