三澤勝衛の太陽黒点の観測記録 国際的に光

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旧制諏訪中学校(現諏訪清陵高校)で教壇に立った三澤勝衛(1885~1937年)が1921年から14年間続けた太陽黒点の観測記録が、太陽活動の長期変動を理解するための計測指標(国際太陽黒点相対数)の改良に役立つ重要なものと世界的に認められ、国際チームが現在進める指標の改定に反映されることになった。世界大戦中の観測の不足を埋めて、指標のゆらぎを補正する作業の参照データとなる。諏訪清陵高と同高同窓会が保管する三澤の記録をひもとき、データ提供の基礎を作った「長野県は宇宙県」連絡協議会と、国際チームに参画し、光を当てた名古屋大高等研究院特任助教の早川尚志さんが5日、オンラインで公表した。

同協議会の大西浩次会長によると、太陽の黒点の数や状態の観察は400年の世界観測史でもっとも古く、黒点の活動が磁気嵐の強弱と連動し、地球上の電波に大きな影響を与えるとして特に注視される。世界的な観測は1人の基幹観測者が情報を集約してデータを蓄積しているが、観測者や用いる望遠鏡が変わった際、データに少なからず食い違いが生じるのが課題という。特に1925~1928年の4年間は観測回数もデータ原本の保管も少なく、指標の改定にあたり頼る記録が求められていた。

早川さんは「日本で初めて体系的に何年も1人で太陽黒点観測を行った」三澤の記録に注目。同協議会が学芸員や市井の天文愛好家らを巻き込んで三澤のデータを検討し、長期安定性を確認、デジタルデータ化した。協議会には茅野市の八ケ岳総合博物館や伊那市の県伊那文化会館、諏訪天文同好会なども参画する。早川さんは三澤の記録の有用性を論文にし、今月の英国王立天文学月報誌で発表する。

大西会長は「三澤さんは白内障で観測を断念する際、無念の中で『自身の記録が国際的に役立つのでは』との思いを残している。100年目にして初めて科学的に評価され、宇宙県にとっても初の科学的な成果」と喜び、「長年問題となっていたゆらぎの解決の突破口になった。計測指標は過去のデータをつなぎ、未来を予測する基本になる」と期待を込めた。早川さんらは「三澤の記録を保管し続けたからこそ」と諏訪清陵高生の努力も高く評価した。

指標の改定には三澤の志を継いで70年間観測した諏訪市在住の藤森賢一さん(89)のデータも採用されている。

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