神長官守矢史料館 元日から干支の企画展

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茅野市神長官守矢史料館(同市高部)は1月1日から、干支にちなんだ新年恒例の企画展を開く。鎌倉時代から明治時代にかけての「酉年」に書かれた県宝や市文化財を含む古文書13点を展示した。同館では「さまざまな時代で節目を迎えていることが分かる」としている。会期は2月12日まで。年末年始は1日のみ臨時開館。4日から通常通り。

古い時代の史料では、1249(建長元)年に鎌倉幕府が上社神長官職を保証した「将軍家下文」、鎌倉幕府が滅んだ1333(元弘3)年に当時の上社領主とされる諏方頼重が神長官職を保証した「諏方照雲沙汰状」など。頼重はこの2年後の35年に「中先代の乱」を起し敗死した。

戦国時代の古文書はいずれも県宝で、応仁の乱が終息する1477(文明9)年の「御符礼書」や1537(天文6)年の「神使御頭之日記」、1561(永禄4)年の「武田晴信定書」など。

「御符礼書」は御頭郷に関わる文書。当時は県内各地に御頭郷が任されており、15世紀後半の県内の領主や領地、規模などを知ることができる地域史にとって重要な古文書だという。

「武田晴信定書」は信玄が神長官宛てに出しており、祈願の際に振る宝鈴の使用料を上中下の3段階で決めている。「上」は「五貫五百文」で現代に換算すると「20万~55万円」(同館)。多くの武田家家臣が諏訪大明神に祈願に訪れていたという。

世の中の制度が大きく変わった明治時代。1872(明治5)年12月3日、この日が新暦の73(同6)年1月1日になった。展示された同年の「神長官日誌」には神事の日程などの変更が書かれ、それまで3月酉の日に行っていた神事(御頭祭・酉の祭)が4月3日に行われている。

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