能登半島地震 長野日報社が輪島市取材

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能登半島地震で家屋も電柱も倒壊した石川県輪島市河井町=20日午後1時51分

能登半島地震で甚大な被害を受けた石川県輪島市では、諏訪中央病院(茅野市)が災害被災地への緊急支援、復興支援に取り組むNPO法人AMDA(アムダ、岡山市)の要請を受けて医療支援を続けている。同病院が第3陣を派遣したのに合わせ、長野日報社はアムダ側の了解を得て21日から派遣医師らの取材をするため、20日に輪島市に入った。

富山県高岡市から氷見市、石川県七尾市、穴水町を経て約6時間かけて輪島市に到着した。氷見市から屋根にブルーシートがかかった家がぽつりぽつりと見え始め、七尾市街地をすぎたあたりから倒壊した家屋が目立ち始めた。道路には数センチ幅の亀裂が走り、所々で陥没。ポールが立ち注意を呼び掛けるが、本格復旧の見通しは立っていない様子だった。穴水町から輪島市に入るころには倒壊した家屋が路上にまではみ出して通行を妨げている場所もいくつもあった。渋滞は断続的に発生していた。峠では土砂が崩れ、家屋を押しつぶしていた。

輪島市中心部の「朝市通り」は9日から行われてきた集中捜索が19日でいったん終了した。20日はひっそりと静まり返っていた。規制線の外から静かに見守っている夫婦がいた。妻の小沼久美さん(70)=同県白山市=は輪島市河井町の朝市通りから歩いて数分のところに実家がある。たくさんの思い出が詰まった街の変わり果てた姿に「悲しくてショックで言葉にできない」と話した。地震と火災の後、2週間ほど声が出なくなった。少し気持ちが落ち着いた数日前になってようやく声が出るようになったという。母親(95)は現在、久美さんの自宅に避難している。毎日のように「輪島に帰りたい、輪島に帰りたい」と話しているという。

この日は地震後初めて実家に戻り、母親の衣服などを車に詰め込んで自宅に帰る途中だった。朝市から実家に帰る道すがら、押しつぶされ屋根しか残っていない家の前を通ると「ここは私のお友達の家だったの」とため息交じりに語った。実家に戻り、荷物を積み終わると、「ここは倒れかかっていて住むことはできないけど、それでも家は残っている。それだけでも救いです。輪島に戻ってくる動機になるから」と話していた。

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