今も残る爆撃の爪痕 辰野東小6年着弾点見学

LINEで送る
Pocket

発見された爆弾の破片からその恐ろしさの一端を知った児童たち

辰野町辰野東小学校6年生41人は9日、平和学習を行った。児童たちは終戦の年・1945年に辰野町沢底の山に米軍機が投下した爆弾の着弾点を見学。地元住民から当時の話を聞いて身近にもあった戦争を知り、平和の尊さを改めて実感した。

沢底区では1945年2月10日午後9時15分ごろに空爆があり、米軍のB-29爆撃機から3発の爆弾が投下されたという。その爪痕は今も区内の穴山沢にあり、爆弾着弾点には直径約19メートル、深さ約5メートルの穴が残されており、それぞれ「シルッタレ」「コウガタ」「フカクボ」と呼ばれている。

児童たちは雪が残る急斜面を登り、地元住民の案内で2カ所の爆弾投下の痕跡を見学。その後、入村ふれあいセンターへと移動し、地元で生まれ育った有賀進さん(83)から当時の話を聞いた。

当時5歳だったため爆弾投下の記憶はないが、上空を爆撃機が飛び、空襲警報が鳴り響いた記憶が残っているという有賀さん。「銀色に光りうなるような音を立てて飛ぶ爆撃機が本当に恐ろしかった」とし、「都会ではない田舎にも爆撃があったことを知ってほしい」と話していた。

有賀さんの妻・寛子さん(79)も、沢底区誌に掲載されている爆弾投下の様子、投下後の処理などについてつづった生々しい手記を朗読。着弾地点から約200メートル離れた場所から発見された爆弾の破片も児童に見せ、爆撃の恐ろしさの一端を伝えていた。

児童の1人(12)は「爆弾で空いた穴は予想以上に大きく、爆弾の破片も重くてどれだけの破壊力があったか想像もつかない。平和な時代に生まれた私たちは本当に幸せ」と話していた。

おすすめ情報

PAGE TOP