諏訪の絹プロジェクト終了 最後の創作は5反

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出来上がった最後の「諏訪の絹」を見守る山田恒さん、敦子さん親子

諏訪産の蚕糸で純国産着物を作る「諏訪の絹」プロジェクトが、13年目の今年度で終了する。ここ数年で急速に減退した着物需要を受け、「ひとつの役目を終えた」と判断した。最後の創作活動で仕上げた作品の展示即売会「諏訪の絹」が15日から27日まで、諏訪市諏訪1の呉服店「染と織やまだ」で行われる。

諏訪の絹は2012年、諏訪地方唯一の養蚕農家、牛山金一さん(72)=茅野市金沢=を新聞記事で知ったやまだ店主の山田恒(ひさし)さん(84)が始めた。牛山さんの繭を下諏訪町魁町の「松澤製糸所」で松澤清典代表(74)が生糸にした。近年は「岡谷絹工房」が草木染や手織りで帯に仕上げるなど、正真正銘の諏訪産着物を届けてきた。

山田さんは創業69年の経験と人脈を生かし、県内をはじめ、京都や金沢、長浜の作家や職人に依頼。文化勲章受章者の日本画家、上村淳之さんを諏訪に招いて霧ケ峰などの風景や草花を描いてもらったり、東京の百貨店で展覧会を開いたりしたこともあり、純国産絹の魅力を発信し、ブランド化で着物の消費拡大を目指してきた。

しかし、生活様式の変化から着物需要が低迷。国産や手描き、手織りといった日本の伝統技術に価値を見いだす消費者が減り、技能を継承してきた作家や職人の廃業も続いた。この10年でその傾向はさらに強まり、「諏訪の絹」を作り続ける環境を維持することが困難になったという。

ピーク時に年間30反を製作した「諏訪の絹」。訪問着や小紋になった着物は県内を中心に完売した。最後の「諏訪の絹」は5反。人間国宝の中村勇二郎さん(故人)が彫刻した「松葉」や「極鍋島小紋」などの伊勢型紙を使い、京都市の古今で染め、滋賀県長浜市の南久で織り上げた。

山田さんは「養蚕農家、製糸工場、絹工房、そして題材となる風景や草花たち。諏訪には日本で唯一、着物作りの全てがそろっていて、素晴らしいものづくりができた。寂しいが、時代の流れかなと思う」と話している。

着物作りはここで節目を迎えるが、蚕糸関係者は「諏訪の絹」の名前を残し、思いを受け継ぎながら、今後も活動していくことにしている。

問い合わせは、染と織やまだ(電話0266・58・0694)へ。

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