2016年3月14日付

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ダウン症の書家として知られる金澤翔子さんが、昨年4月に伊那市で作品展を開いた際、会場で「共に生きる」と揮毫した。東日本大震災後、翔子さんが被災者を思って揮毫した言葉の一つだ▼その時に取材をさせていただいた縁で、翔子さんと母泰子さんが毎月、メールマガジンを送ってくださる。東日本大震災から5年となる11日に届いたメールマガジン5号には、翔子さんが揮毫した「不死鳥」が勇ましく羽ばたいていた▼金澤さん親子は5年間ずっと被災地を訪れている。これまでに被災地で「絆」「元氣」「希望光」「三陸復興」「飛翔」「心に光を」「悲しみは力に」などを「ただひたすら祈るように書いてきました」とメールにあった▼泰子さんは昨年、翔子さんの書について「知的障害によって守られ感性がとても豊かに育った。汚れない魂を持っている。そこから出る書が感動してもらえると思う」と話していた。被災地の住民は翔子さんの書に「元気、勇気をもらった」と涙を流す。その元気、勇気も豊かな感性、汚れない魂が生み出すものなのだろう▼被災地で書いた「不死鳥」は、突風にあおられて、2カ所が大きく破れたものの、そのまま作品になった。「ビリビリに破れた紙から生まれた、不死鳥。死んでもまた蘇り、永遠の時を生きる、不死鳥。どうか大空へ翔んでゆけ‥」。不死鳥は大空から“忘れない”と鳴き声を響かせる。

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