迫る御柱祭[第3部]ひと模様 5、鎌倉司さん

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御柱祭に参加するのは今回が6度目。てこ係からスタートし、1998年の祭りからは綱縒りを専門とする「わなぐり」を担当し、今回はわなぐり長という重責を任された。「御柱の曳行には丈夫な良い綱が必要」とその責任の重さを実感。「根フジによる綱縒りは後世に伝えるべき原村の祭りの伝統」と、次代を支える若者たちへの継承も大きな役目だと自覚する。

今でも綱に根フジを使う地域はあるが、柱と綱をつなぐ「わなぐり」、元綱、中綱、末綱まで根フジで縒るのは原地区だけ。長さ100メートルにも達する大綱を縒るために、一戸につき根フジ十尋分(1尋はおよそ両手を広げた長さ)を拠出するなど、毎回村民の多大な協力で大綱を打ち上げるだけに、村民には伝統を受け継ぐ誇りがある。

伝統の綱縒りは以前、斧方が担当していたが、1998年の御柱祭から綱縒りを専門とする「わなぐり係」が設置され、鎌倉さんは発足当初からわなぐり係として祭りに参加している。わなぐり担当となって4度目の祭りを迎え、綱縒りの難しさ、綱の大切さは誰よりも知っている。

「縒りは強すぎてはだめ、弱すぎても強い綱は打つことができない。長年の経験による力加減が重要になる」と話す。「1本の大綱を仕上げるには数百人の氏子が力を合わせなければならない作業」とし、良い綱を縒るために氏子をまとめ上げる責任者の役割の大きさも感じている。

多くの先輩から技術指導を受け、前回はわなぐり副長を務め、わなぐり係の中ではベテランの一人となった。先頭に立たなければならない今、「しっかりとした綱を縒らなければ曳行にも支障を来たす。安全で楽しい曳行を支えるためにも良い綱は必要不可欠。綱縒りに全力を傾けたい」と心に誓う。

綱縒りの技術は代々、書面では伝えられておらず、綱縒りにかかわる人々が体で覚え、次の世代へと継承するもの。それだけに伝統を伝えるのは容易ではない。各地区から徐々に根フジの伝統が消えつつある中、「地区の事情もあり、藁縄へと変わっていくのは仕方のない時代の流れかもしれないが、原地区だけでも伝統が消えないでほしい」と願う。

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