移り変わる御柱祭 戦前戦後の写真見つかる

LINEで送る
Pocket

祖父の遺品から大量の御柱写真

祖父の遺品から大量の御柱写真

原村図書館の小林正雄館長(53)=同村中新田=宅で、戦前戦後に撮影された諏訪大社御柱祭や地元の小宮御柱祭の写真が大量に見つかった。物資が乏しい時代に里人が協力一致で祭りを行う様子を写した。今年の御柱祭の盛り上げに一役買おう―と、写真の一部を同図書館内に展示している。

1998年に他界した祖父・光雄さん(享年93歳)の遺品の中にあった。光雄さんは18歳から写真を趣味とし、フランスやドイツ、アメリカ、日本製のカメラ約15台を所有。原村ではアマチュアとして最も早く写真を始めた人物とされる。写真館も近くになかった時代は「写真屋様」と呼ばれ住民に頼りにされたという。

写真は文化財や大正、昭和の地域住民の暮らしぶりなどを記録したものが多く、遺品の中には数千枚におよぶ写真のほか、200枚ほどのガラス乾板、ネガフィルムなどもあったという。

最も多かったのが御柱祭に関する写真。戦前に撮影された中には、今では見ることができなくなった御小屋から柱が曳き出される様子も残されていた。木やり唄に「御小屋の山の樅の大木は里に下りて神となる」という一節が残される八ケ岳阿弥陀岳中腹に位置する神聖な山。かつて上社の御柱は御小屋山から切り出されており、当時の様子を知る貴重な写真だ。

戦後間もない写真では、法被姿の女性が奉仕する様子も残されていた。戦前は「女性が綱をまたぐと汚れる」などとされ、女性の奉仕は許されていなかったが、1950年に行われた戦後初の御柱祭から女性が奉仕できるように変わり、女子青年団という組織で参加した女性の姿ではないかという。

図書館には、数多くの写真の中から50枚ほどを選び、プリントして模造紙に貼り付けた。群集で埋まる木落とし坂、勇猛果敢にメドに乗る氏子、雪が積もる山から柱を曳き出す様子、川を越す柱など、昭和初期から50年代までに撮影された、今とは異なる祭りの様子を知ることができる。一部は大きく引き伸ばして掲示した。

小林館長は「祖父は仕事と趣味に生きた新しもの好きのモダンボーイだったと聞く。せっかく残された貴重な写真を多くの人に見てもらうことで、御柱祭の移り変わりを知ってもらえれば」と多くの来館を呼び掛けている。

おすすめ情報

PAGE TOP