2017年02月06日付

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日米開戦翌年の1942年2月、今から75年前だが、米国在住の日系人が鉄条網の中に追いやられた。強制収容である。信州からの移民というと旧満州(中国東北部)を連想するが米国に渡った人もいた▼「あるハワイ移民の遺言」(ケネス・T・オカノ、片山久志著)にハジメ・カタヤマさんが登場する。現在の須坂市に生まれ、明治の終わりに21歳で単身渡米。ハワイの農場で働き、身寄りのなかった晩年は私立学校の住み込み用務員を務めた。91歳で亡くなった時、日本円で数千万円に上る遺産を残し周囲を驚かせた▼遺言で創設された「ハジメ・カタヤマ奨学金」はその後貧しい学生を大勢援助した。自分のような苦労を若い人にさせたくない。そんな思いでこつこつとお金を貯めたのだろうか。日系1世の勤勉さ、誠実さを象徴する話だ▼米国では移民に対する風当たりが強くなりつつある。日系人の間にも懸念が広がる。そんな折り、強制収容を経験した日系人で、元米国運輸長官のノーマン・ミネタ氏が時事通信のインタビューに答えた▼ミネタ氏は、「米国は人種のるつぼというよりは『タペストリー(つづれ織り)』だ。美しいそれぞれの糸は各国の心、文化、言語、歴史を表している。これらが織り込まれると力強いタペストリーになる」と話した。社会が多様性を認め、他者や弱者に寛容でいられるか。米国だけの問題ではない気がする。

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