「大きな星が消えた」 登内英夫さん悼む声

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7日に99歳で死去した元県議会議長でルビコン会長の登内英夫さんの訃報が伝わった9日、伊那市内では残念がる声や、地域の発展に尽くした功績に感謝する声が各方面から聞かれた。企業人としてルビコンを国内トップ級のコンデンサーメーカーに育て上げ、県議を8期32年務めるなど地方政治に力を注いだ登内さんの人柄を知る人たちは、「大きな星が一つ消えた感じがする」と惜しんだ。

白鳥孝伊那市長は「この地域だけにとどまらず、日本にとっても大変な損失」と伊那谷の電子産業をけん引してきた経済人の死去を悲しんだ。副市長として同市の理事者に加わる前は、登内さんが社長を務めるルビコンの系列会社に勤務していたこともあり、「経営者としても日本のトップランナーとして素晴らしい会社をつくり、業績を残された。私にとっては掛け替えのない方だった」と話した。

登内さんが歩んだように伊那商工会議所の会頭を務め、県議会の議長にも就任した向山公人県会議長は「経済人として地に足の着いた取り組みをしっかりやられていたし、政治の世界でも『南北格差』が言われる中で地域の均衡ある発展に向けて実績を積まれた」と功績をたたえた。半世紀以上の付き合いがあるという政治経済の大先輩を送ることになって、「登内さんの地域にかける情熱や思いを、きちんと継承していかなければならないと思っている」と語った。

人生の師匠として、登内さんのことを「先生」と呼んでいたという伊那商工会議所の川上健夫会頭は「上伊那の産業を育てた功労者で、温厚で優しく、決しておごらず謙虚だった。そういう方が身近にいたというのは私にとっても、周りの者にとっても励みになる」と感謝した。

「私の自宅に来て、何時間もかけて時計を直してくれたこともあった」と懐かしむのは小坂樫男元伊那市長。昨秋、蜂追い仲間が集う恒例の懇親会で会ったのが最後になったといい、「会社や従業員のことを気にかけていたのも印象的だった。寂しくなるなあ」と口にした。

登内さんが趣味で集めた国内外の時計を展示している登内時計記念博物館(伊那市西箕輪)は冬期間は休館しているが、9日は博物館前のカリヨン塔で「大きな古時計」とルビコンの社歌を奏でて館長を追悼した。関係する社員らは「社内全体が悲しみに打ちひしがれている」と話した。

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