井上井月に関わる記述発見 下島空谷の書簡

LINEで送る
Pocket

記述を確認する顕彰会役員ら

井上井月顕彰会は30日、日本近代文学館(東京都)が所蔵する医師で俳人の下島空谷(本名下島勲、1869~1947)の関係書簡に、漂泊の俳人、井上井月(1822~87年)に関わる記述が含まれていることが分かった、と発表した。空谷は井月を世に出した人物で、顕彰会の北村皆雄会長は「井月さんを世に出すためにどういう動きをしたのか、その前後のことが分かる一級の資料だと思う」と述べた。

空谷は現在の駒ケ根市中沢生まれで、上京して医師になり、軍医を経て東京田端に開業した。多くの文士、画家らとの交流があり、芥川龍之介の主治医として、その最期をみとったことでも知られる。井月とは幼少時代に出会っており、1921年に芥川の働きかけを受けて「井月の句集」を出版し、無名の井月を初めて世に出した。30年には「井月の句集」の不備を補った「漂泊俳人 井月全集」を下島勲・高津才次郎編で出版している。

書簡は2003年秋に空谷の子孫が同館に寄贈したもので、解読され、今年3月20日発行の同館の年誌「資料探索12」に掲載された。内容を分析した北村会長によると、井月全集の出版に当たって室生犀星が協力したことを示す空谷宛ての書簡があり、完成した全集は空谷が幅広い人間関係を使って多くの著名人に送り、斎藤茂吉や徳富蘇峰らが手にし、感想を寄せていることが分かるという。

会見では井月顕彰会として、日本近代文学館に「井月全集」などを寄贈する計画があることも披露した。北村会長は「近代文学のゆかりの人たちを理解するうえで貴重な資料ということで、井月さんを世に出した空谷の関係書簡が日本近代文学館に入ったことは名誉なこと。井月顕彰会としては、いよいよいろいろなところで井月さんが認められきたと判断している」と話した。

おすすめ情報

PAGE TOP