迫る御柱祭[第3部]ひと模様 10、小口典久さん

LINEで送る
Pocket

赤い法被に黄色の鉢巻き。おんべを右手にすっと立つ姿勢が美しい。今月13日に地元の各地区で行われた「綱打ち」の会場を町の木遣保存会の仲間とともに回って歌い、祭りの準備を後押しした。本番でも「氏子の皆さんに満足してもらえる木やりで奉仕したい」と話す。

諏訪大社のお膝元下諏訪町に生まれ育った。自宅の前は毎年夏に下社の遷座祭で柴舟が通り、7年目ごとに御柱が進む曳行路。周辺は祭りを楽しむ人で埋まって露店もにぎやかで、「そのたびにうきうきした」。祭りはいつも身近にあった。

御柱祭に木やりとして初参加したのは1992年で、勤務先である岡谷市役所の先輩に誘われたのがきっかけだ。「大丈夫。うまくいくよ」と励まされもしたが、経験不足はどうしようもなく、一気に歌うべき「上の句」を何度も息継ぎして歌うのがやっと。曳き子の大群衆を前にした緊張感にも勝てなかった。

自ら「歌えていなかった」と振り返る木やりではあったが、曳き子からは受けの掛け声をもらい、御柱を力強く曳いてくれた。自らの木やりを合図にモミの大木が動く喜びを何度も味わい、「充実感があった。参加して良かった」という思いが胸に刻まれた。

その感動が木やりの道で技と心を磨くエネルギーとなった。7年目ごとに訪れる大祭を目標にしながら、地道な練習を続ける。毎回祭りを前に木やり師が競うコンクールでは、2004年、10年と連続して金賞を受け、今年はついに最優秀賞に。同町からは1992年の西禎康さん以来、24年ぶりの頂点に輝いた。

コンクール後は多くの人から「おめでとう」と声を掛けられ、「反響がこんなに大きいとは」と、御柱祭の注目度の高さを再認識する毎日。多くの祝福を「ありがたいこと」と思うとともに、「祭り本番でいい木やりを歌ってほしいという激励がこもった言葉だと思う」と受け止める。

木やり師として5回目の参加となる今回は、会員95人を擁する町木遣保存会の事務局長としての役回りも加わるほか、学業を終えて今春帰郷する長男、剛典さん(24)と一緒に参加する節目の祭りにもなる。近づいた山出しに向け、「祭りの最後まできちんといい木やりが歌えるよう頑張る」と言葉に力を込めた。

おすすめ情報

PAGE TOP