小津監督愛した一本桜 おいの長井さん観桜会

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一本桜から蓼科山や北横岳を望む長井さん夫妻(中央の2人)

日本映画界の巨匠、小津安二郎監督(1903~63年)と盟友の脚本家、野田高梧(1893~1968年)が足しげく通った茅野市蓼科高原の「一本桜」が、見頃を迎えた。小津監督のおいで鎌倉市在住の長井秀行さん(79)、眞佐子さん(77)夫妻が12日、地元関係者と初の観桜会を開いた。長井さんは55年前にも小津監督と現地を訪れたが、開花した一本桜を見るのはこれが初めて。小津監督が愛した桜を「大事にしていってほしい」と願った。

小津、野田両氏は、晩年の小津作品の脚本を蓼科高原で手掛けた。山荘で過ごし、東京から訪れる映画人と地酒「ダイヤ菊」を飲み交わしながら、折に触れて疎林を散策し、映画の構想を練った。その際に好んで通ったのが丘の上の一本桜で、映画「早春」(56年)の題名はここで決まった。

長井さんは62年4月、新婚旅行で蓼科を訪れ、一本桜の前で小津監督と写真を撮った。蓼科山を背にほほ笑む2人を眞佐子さんが撮影した。小津監督が亡くなった後、長井さんは蓼科に山荘を構えるが、一本桜の花を見る機会がなく半世紀以上が経っていた。

観桜会は長井さんの希望で実現。地元関係者を中心に約10人が集まった。小津監督と野田氏に敬意を表してダイヤ菊で乾杯し、一本桜をめでながら、手料理に舌鼓を打った

長井さんは「一本桜はやっぱり良い。蓼科の歴史の中にこの桜を愛した映画人がいたことを知ってほしい。大事にしてもらえたら」と語り、今年20回の節目を迎える「小津安二郎記念・蓼科高原映画祭」の発展を願った。

一本桜は標高約1400メートルにある樹齢百年ほどのヤマザクラで、花は少ないが老木の趣がある。同協会と市は2013年、野田氏の長女山内玲子さん(故人)から聞き書きした「小津の散歩道」のモデルルートを設定。16年には間伐を進め、北側の蓼科山を一望する昭和30年代の景観を復活した。根元への立ち入りを防ぐ柵を設置するなど、保護活動にも力を入れている。

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