発掘調査結果も紹介 高島藩主墓所の見学会

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巨大な墓碑が並ぶ墓所。かみしも姿の学芸員の解説を興味深く聞く参加者

諏訪市教育委員会は14日、2月9日に国史跡に指定された高島藩主諏訪家墓所の見学会を、2~8代の7基の墓が並ぶ同市湯の脇の温泉寺裏の現地で行った。市教委が企画した見学会は指定後初。2回に分けて実施し、合わせて約60人が参加した。指定に先立って発掘調査も手掛けた学芸員が解説を交えながら現場を案内した。

諏訪家の墓は初代藩主・諏訪頼水の墓が茅野市上原の頼岳寺にあり、2代・忠恒から8代・忠恕の墓が温泉寺裏にある。国史跡は諏訪、茅野の両市の墓所が一括して指定された。諏訪市では初、茅野市では4件目の国史跡指定で、江戸時代を通じて同一氏族が藩主を務め続けたことや墓が自らの領地(国許)である諏訪地方に継続して造営されたことが評価された。2代墓は墓碑を保護する仮の御霊屋の中にあり、普段は施錠されているため内部が見づらいが、同日は開錠した。

見学会では、学芸員らがかみしもや陣羽織を着て雰囲気をつくり、参加者を案内した。墓所には高さ2・7~2・8メートルで正面が垂直、背面が丸みを帯びた「特殊舟形」の墓碑が横一列に並び、時代の経過とともに少しずつ意匠が洗練されていく様子が紹介された。

解説した児玉利一学芸員(31)によると、2、3代の墓は花こう岩、4代以降は安山岩でできており、「2、3代の石は茅野市上原周辺、4~8代は諏訪市角間新田~霧ケ峰または下諏訪町の砥川周辺から運んできたのでは」と推測した。発掘調査では墓碑前の土の下から石畳が発掘されており、藩主が眠る上段と、下段にある子息、息女、正室、側室の墓碑周辺との身分による違いや、それぞれの特徴も紹介した。

参加した野尻豊明さん(79)、玲子さん(78)夫妻=富士見町境=は「とても立派な墓で驚いた。説明を聞きながら墓を巡り、諏訪氏や高島藩について一層興味が沸いた」と話していた。

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