2017年05月17日付

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法事の折に、先の大戦で亡くなった親戚の話になった。爪と髪の毛だけが帰郷したという。その爪は、死に向き合い覚悟の上で、指先から切り取られたのだろうか。手にした家族の思いはいかばかりか▼当時は、各地で同じ思いをした人がたくさんいた。日常であれば、切った爪は紙などに包んで、ごみ箱にぽいと捨てられる。気付かないうちに、毎日少しずつ伸びるから、そういう意味では日々の生活の象徴だ▼あの時代、それが1人の人間が生きた証として家族の元へと帰った。本人は何を思って指先を見つめたか。日常を断ち切り、爪の先にさまざまな思いを込めた姿が思い浮かぶ。おそらく、心の底では生きて帰れることも願っただったろう▼「特殊な鋳型にはめ込んで異質の精神構造を持った人間像を作り上げる」と軍隊組織を振り返った、茅野市の故五味信一さん。終戦間際は宮古島にいた。米軍の進攻に緊張が高まり、死を前提に自決か玉砕か二者択一を覚悟した▼青春時代を回想した自著に、「死への恐怖はそれほど深刻に受け止めなかった」と書いた。そして米軍の沖縄本島攻撃に「命拾いをした」と複雑な心境を吐露。終戦の報には「これで死なずに済んだ」と安堵した。何かあるとビンタの雨が降り、得るものは何もなかったという軍隊生活。当時の自分を「セミの抜け殻」と語った。一度捨てた日常こそ人そのものだった、と教えている。

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