余命宣告の平川さん 生きる意味伝える活動

LINEで送る
Pocket

整体師としても活動している平川さん。自らの経験を伝える講演活動を始める

脳が収縮する原因不明の病に侵され、「余命7年」の宣告を受けた平川翔さん(29)=諏訪市中洲=が自らの命と向き合い、苦しんだ末に見いだした生きる意味を伝える活動を始める。7月23日に諏訪市の市文化センターで開かれる講演会で、”飲食店業界の風雲児”として人気の大嶋啓介さんとともに講師を務める。

平川さんは小学生の頃にバレーボールを始めた。岡谷工業高校に進学後もバレーを続けたが、体調不良でドクターストップが掛かり、競技が続けられなくなった。高校を卒業後、居酒屋でアルバイトをしつつ、整体について専門学校で学び、整体院勤務を経て昨年6月に28歳で独立。バレーボールを断念せざるを得なかった自らの経験を踏まえ、スポーツ整体に力を入れ、自らの人生を歩もうとしていた。

その矢先だった。「ある期間の記憶だけがまったくない」。3年ほど前から物忘れが徐々にひどくなり、言った、言わないで周囲と衝突することが増える中でわずかな異変を感じていた平川さんだが、「大ごとじゃない」と診察を受けなかった。ところが、昨年9月に自らの整体院で施術した利用者のカルテを作成しようとして記憶がまったくないことがあり、受診を決めた。

看護師の友人に相談し、昨年10月に「もの忘れ外来」を受診。脳が縮小していることが分かった。医師から「このまま進行すれば、7年ほどで脳死状態になる」と告げられたという。原因を調べるため脳外科、神経内科などがある県内外の総合病院で診察を受け続けたが、特定にはいたらなかった。同伴した母が泣き崩れたとき、自らの病をどこか人ごとに感じていた平川さんは余命を初めて意識したという。

昨年10、11月は「ずいぶん荒んでいた」と振り返る平川さん。立ち直るきっかけを与えたのはアルバイトを経験した飲食店の社長の言葉だった。「お前は死ぬ。俺も死ぬ。でも、誰かの心の中で生き続ければ完全に死んだことにはならない」。平川さんは「最後まで生きよう。伝えよう」と決心した。

7月の講演会に向けて支援者が実行委員会を組織し、準備が進んでいる。平川さんは周囲や人との出会いに感謝しつつ、「自らの経験を話すことで聞く人に生きる活力を少しでも感じてもらえたらうれしい」と話している。講演会の参加費は1000円。問い合わせは同実行委事務局の諏訪商工会議所(電話0266・52・2155)へ。

おすすめ情報

PAGE TOP