御柱街道・下社山出し編 2:萩倉の大曲

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下社御柱祭山出しの最初の難関「萩倉の大曲」

下社御柱祭山出しの最初の難関「萩倉の大曲」

棚木場から約2キロ曳行して下諏訪町萩倉地区に入ると、木落し前の最初の難所として知られるS字カーブ「萩倉の大曲」が現れる。元綱、てこ、追い掛け衆などが技と力を結集する腕の見せどころ。木やり衆が氏子の心を一つにし、難所に挑む。

古老によると、昔はさらに道が狭く、土手を上って元綱を曳いていたという。道幅が広くなった今も、急カーブを通り抜ける難しさは変わらない。曳行路のあちこちには、氏子を激励する横断幕や休憩所が多く設けられ、狭い山道の疲れを癒やし、最大の難所木落しに向けて気持ちを高める。

大曲を乗り越えた先には、米守神社の鳥居がある。萩倉を開墾した先人たちが1712年に祭った石の祠「お鍬様」が前身とされる。山側には萩倉薬師堂が見える。

明治中期には”製糸の村”だった萩倉。曳行路の脇には、製糸工場や繭倉、水車小屋が多数あったことを示す石碑や看板が設置され、製糸業が盛んだった当時をしのばせる。水資源の豊富な集落として、当時の風景を思い起こさせる水車小屋も再現されている。

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