岩垂今朝吉の功績に感銘 100回忌報恩墓参

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諏訪教育の礎を築いた岩垂今朝吉をしのぶ参加者

諏訪教育の礎を築き、現諏訪二葉、諏訪実業の両高校、高島小学校の草創期に校長を務め、諏訪清陵高校では長いこと教べんを執った岩垂今朝吉(1865~1917年)の100回忌報恩墓参が命日の16日、岡谷市小井川の宗平寺墓地で行われた。二葉高校創立110周年記念実行委員会、岩垂の傍系者らが参加。明治の時代から小中高の一貫した教育の必要性を説き、生涯掛けてその路線を積み重ねた岩垂。参加者は「改めて功績に感銘する」と合掌した。

岩垂は1883(明治16)年、19歳のとき、松本にあった県師範学校に入学、卒業後直ちに高島尋常小学校訓導となった。教育に財政的援助をした素封家らの支援で、諏訪に初等中等教育の芽を開かせた。

教育の根っこは子どもに力点を置き、質実剛健の精神を尊んだ。自らも着物は洗いざらしで、懐には常に何冊かの本を入れていたという。

報恩墓参は、二葉高が今年創立110年、県立高等女学校になって100年を迎え、初代校長の岩垂が53歳の生涯を閉じてから100年の節目に当たることから企画。墓前に卒塔婆、生花などを手向けた。竹花光子周年実行委員長は「諏訪の教育、二葉高は岩垂先生無しでは有り得ない。功績の歴史を振り返り道しるべにしたい」とあいさつした。

小池良彦校長は「教育に掛けた基本の思いを大事に考え、生かしたい」、曽祖父が今朝吉の末弟に当たる宮坂和昭さん(69)は、「多くの人に墓参してもらい申し訳ないほどありがたい」と話した。

墓参後、草創期の二葉高校舎があって、現在は高島小体育館駐車場一角にある岩垂の頌徳碑を訪ねた。岩垂の研究家で同校客員の平島佐一さんは「栄達を求めず、至誠一貫、子弟の教育に尽くし慈父と仰がれた」と碑文、詩文を解説。「存在を初めて知った」という参加者は、感慨深げに見入っていた。

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