2017年08月04日付

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「記憶にございません」。加計学園問題をめぐる衆参両院で行われた閉会中審査で連発されたフレーズ。一部には懐かしさを感じた向きもあるだろうが、多くはこの言葉が証人の口から出るたびにいら立ちを覚えたのではなかろうか▼1976年2月の衆議院予算委員会。ロッキード事件関係者として証人喚問された国際興業社長の小佐野賢治氏が繰り返して知られることになる。当時の流行語になったのは言うまでもない。あれから40年。久しく鳴りを潜めていたが、みそぎは済んだとばかりに噴出した格好だ▼通常、流行語は時間の経過とともに陳腐化し忘れ去られるが、ここに来てこんな形でリバイバル(復活)されようとは、何とも驚きだ。しかも国会という場で堂々と使われている。それほどまでに霊験あらたかなのだろうか▼今閉会中審査においても疑惑を裏付けるような文書や証言を根拠に質問されているにもかかわらず、肝心な点において「記憶にございません」と”伝家の宝刀”を抜いている。深まるばかりの国民の疑念を切り捨てるだけの切れ味はない宝刀にもかかわらずだ▼覚えてはいるが、言えば立場を危うくする、だからここは―。そんな意図が見え隠れする「記憶にございません」。発言者はいずれも国政に関わる立場ある人たち。それだけに本当に記憶をなくす前に、真実を明らかにするのが全体の奉仕者の役目ではなかろうか。

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