飯島音頭のルーツ探る 飯島小PTA

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飯島小学校の運動会で今年も踊られた飯島音頭=5月27日

飯島町飯島小学校の運動会のプログラムの一つとして、地域住民に慣れ親しまれている「飯島音頭」。踊りのルーツを探り、その魅力を伝えていこうと、今年度の同校PTA(小林正明会長)は保護者から有志を募って、「飯島音頭復活プロジェクト」実行委員会を組織し、歴史調査やプロモーションビデオ(PV)制作などに取り組んでいる。

同校の運動会で毎年、全校や住民、PTAが躍っている飯島音頭。広く親しまれてはいるが、起源や意味を知る人は少ない。今年度PTAはその魅力を掘り下げようと、5月に有志約20人で実行委を発足。プロジェクトを推進・運営する企画チーム、ルーツを探るチーム、PVを制作するチームの3班に分かれて活動している。

町教育委員会によると、飯島音頭は1957(昭和32)年、前年の56年に旧飯島町と七久保村が合併して現在の町が誕生したのを記念して、町歌とともに制作された。「♪伊那の飯島住みよい居よい」との歌い出だしで始まる全42章からなる大作で、詩人の薮田義雄が作詞を、東京芸術大学教授の松本民之助が作曲を手掛けたという。

振り付けは1章のみで、運動会では1章を続けて3回踊っている。その伝統は古いが時代の流れで何年か途切れた時期があり、2010年度のPTAが復活を呼び掛け、現在も運動会で踊られている。振り付けたのは誰か、いつから踊られるようになったかは不明で、チームが地域のお年寄りへの聞き込みを進めている。調査結果は10月の同校音楽会で発表する予定だ。

PV制作チームは、ウェブデザイナーで実行委メンバーの男性が中心となり、PVに必要な動画の素材を集めている。5月27日にあった今年度の運動会でも撮影が行われ、飯島音頭を踊る児童や地域住民らの姿を収めた。今後も町内での撮影が予定されており、完成したPVは音楽会で披露するほか、インターネットの動画サイトに公開する。

実行委員長の小池守さん(45)は「飯島音頭がなぜ作られたのか、踊りは誰が始めたのか。そのルーツが分かれば、もっとみんなに親しんでもらえると思う。せっかく始めた取り組みなので最後まで頑張りたい」と話している。

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