廃村「椚平」の山神社 10月28日御柱祭

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住民が他地域に移り住み、廃村となった諏訪市湖南の椚平にある山神社の御柱祭が10月28日に行われる。1973(昭和48)年の廃村後も父親とともに御柱祭を続けてきた椚平出身の矢ケ崎岩男さん(69)=同市湖南南真野=と、矢ケ崎さんの思いに賛同した南真志野の有志が中心となって行う。10日は「御柱休め」を実施し、社殿周りに建つ御柱を横にして取り除いたほか、周囲を整備し、祭り本番に備えた。

御柱祭の曳き建ては最も大きい「一之御柱」のみ行う。10月7日には御柱用材を確保し柱を整える、伐採と「木造り」を計画。椚平にある矢ケ崎さん宅の山林でカラマツ1本を切り倒し、柱の前後に取り付ける「メドデコ」の穴を開ける予定だ。

御柱は長さ約8メートル80センチ、周囲約1・2メートルで、前回の一之御柱並みの長さと太さ。祭り本番の28日は午前9時に旧集落中央部の県道諏訪・箕輪線沿いから曳行を開始。箕輪町側に向かったあと、集落はずれにある神社に曳き着け、建て御柱を行う。

10日の御柱休めと整備作業には南真志野の有志ら約15人が参加した。一之御柱はロープを張って慎重に倒し、他の柱は手作業で抜いた。

矢ケ崎さんは伝統の御柱祭を終わらせたくないと、当初は諏訪地方が御柱祭で一色になる昨年に予定していたが、準備不足から今年行うことに。生まれ育った土地の御柱祭が続くことを喜び「南真志野の有志とともに盛大にやりたい」と話す。

椚平は諏訪市の後山区と箕輪町の箕輪ダム(もみじ湖)の中間地点に当たる山あい。江戸時代に伊那と諏訪をつなぐ山道があったことから、南真志野の住民が開拓したとされ、移住した人たちは炭焼きなどの林業や、養蚕などで生計を立てていた。 

だが戦後戸数が減少し廃村。ただ廃村後も椚平で山づくりに務めていた矢ケ崎さんの父、弘司さん(故人)が関係者と御柱祭を続け、矢ケ崎さんが引き継いでいる。

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