2017年09月16日付

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誰もが一度は言ったか、言われたかしたことがあるだろう。「男(女)らしく」という叱咤もしくは激励。改めて考えると、わかったようでわからない、何とも実像がつかみにくい表現だ。それでも決まり文句と同等に扱われている。同時に性差による偏見も見え隠れしている▼「―らしく」を調べてみる。男らしさ、女らしさを例に掲げるも文化的醸成や生物学的差異に由来するなど、全ての要素を一般化して説明するのは困難らしい。要するに、特定の人物や立場のように明確に定義はできないということか▼それにも関わらず「男(女)らしく」と言われれば、そうしなければと思わざるを得ないから不思議だ。ただ「男(女)らしく」で一般化した“男(女)像”は「男(女)なのに―・だから―」と性別による差別にも派生しているようで少し厄介だ▼箕輪町の男女共同参画計画策定に向けた住民の審議会「女性活躍井戸端会議」。「男(女)なのに―」「男(女)だから―」と言われ嫌な気持ちになった実例に「女だから家事、育児と仕事は当たり前」「地区役員は男がするもの」などが掲げられた▼いずれも男女の性差で分け隔てられる事柄ではない。誰にも得手不得手はあり、快い環境はさまざまだ。男らしく・女らしくではなく、その人らしく―の原点に立ち返ってこそ、男女ともに生きやすい社会の端緒が見えて来るように思えてならない。

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