2017年09月19日付

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「しゃりしゃり」という音が耳に残る。それは窓ガラスが爆風で粉々になり、家中を舞う音だった―。広島で被爆した女性の話を聞く機会があった▼原水爆禁止諏訪市協議会が先ごろ市内で開いた催しで、現在は長野市に住む女性が招かれて語った。当時、東京から母親の実家がある広島に疎開し、祖父母、母と平穏な日々を送っていたという。それが突然、「日常生活はすべて奪い取られた」▼その瞬間をこう表現された。ピカッという強烈な光。続いて地面を揺るがすような地響き。間もなく暴風が巻き起こり、「原爆雲」が太陽を覆い隠して真っ暗になった。ガラスは飛び散って、畳は庭に吹き飛ばされていた│と▼祖父は行方不明になり、60年後にようやく最期の様子が分かったことも明かされた。教員だった祖父は生徒と爆心地近くの生存者ゼロという場所で作業していて、「即死状態だったそうです」。淡々とした語り口から無念さがにじむ。「家族の残酷な死が心から離れることはないのです。核兵器では平和はつくれない」▼国連会議で7月に核兵器禁止条約が採択されたことには「どんなに武装したとしても感じられない喜びだった」としながら、「本当の喜びは核兵器がなくなった時。その日まで核兵器がどんなに非人道的かを語っていかなければと感じている」と決意を示された。こうした人の声に耳を傾け続けなければいけないと思う。

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