椚平の山神社 “最後”の御柱祭盛大に

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廃村の諏訪市湖南椚平でにぎやかに行われた山神社御柱祭。祭りは今回が最後になるかもしれないという

1973(昭和48)年に廃村となった諏訪市湖南の椚平で28日、山神社の御柱祭があった。最も大きい「一之柱」だけ曳行し、社殿周りに4本の御柱を建立した。率先して御柱祭を続ける矢ケ崎岩男さん(69)=同市湖南南真志野=ら椚平出身者と、矢ケ崎さんの「御柱祭の継続を」という思いに賛同した南真志野有志ら約80人が参加。普段は静かな山あいに木やりや掛け声を響かせ、にぎやかに曳き建てた。

廃村で他の場所に移り住んだ椚平出身者は高齢化し、今回の御柱祭が最後になるかもしれないという。山神社の管理も難しくなり、本殿をうつすことも検討している。

曳行は旧集落中心部から開始。柱(長さ約10メートルのカラマツ)や、メドデコに人を乗せ「ヨイサ、ヨイサ」と元気良く約300メートル先の社を目指した。

椚平出身の矢ケ崎伸夫さん(66)=箕輪町松島=の孫で小学2年生の伊東陽海さん(7)=伊那市荒井=もメドデコに乗り「ちょっと怖かったけど、楽しい」と笑顔を見せた。

辰野町の矢彦神社氏子で建設業矢島芳章さん(65)=同町小野=も曳行に加わり「御柱祭の雰囲気が好き。最後の御柱祭と聞き応援したい」と綱を持った。

建て御柱には、冠落としを行った柱に2人が乗った。柱が徐々に頭を上げ垂直になると、岩男さんもにっこり。「皆に協力してもらったからこそ盛大に祭りができた」と喜んだ。

岩男さんのいとこで椚平出身の矢ケ崎一彦さん(62)=松本市並柳=は姉の鬼窪たつみさん(65)=岡谷市成田町=と参加。「(廃村当時の)親の代が少なくなり、私たち2代目もほとんどが60歳以上になっている」とした。

山神社も老朽化。建物の傷みが目立っている。岩男さんは「本殿を(南真志野区の)習焼神社で預かってもらえないか区と相談していきたい」と話した。

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