恩師惜しむ演奏会 野村ともさんお別れの会

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生涯音楽の道を歩んだ恩師に感謝し別れを惜しんだお別れの会

戦後の混乱期から半世紀にわたって諏訪地方の音楽教育に尽力した、諏訪市出身の野村ともさん=享年(98)=のお別れの会が23日、同市のホテル紅やで開かれた。県内外から門下生ら縁のある90人が参集。国内外で活躍するピアノや箏、尺八の奏者らの演奏会が行われ、生涯音楽の道を歩んだ恩師に感謝、別れを惜しんだ。

野村さんは東京音楽学校(現東京芸大)を卒業し、母校の諏訪高等女学校(現諏訪二葉高)音楽教諭、県保育専門学院(現県福祉大学校)講師を務めた。「より人間らしく豊かに生きよう」をモットーに1948(昭和23)年、音楽教室「野ばら会」を設立。以来50年間、幼児から大人まで約2000人の育成にあたり、8月27日に亡くなった。

お別れの会は同実行委員会(百瀬博子代表)が主催。故人が大好きだったバラを全員で献花し、野村さんの妹で宮城社大師範の矢崎明子さんと、ピアノを習う過程で尺八と出合った福田輝久さんの箏と尺八による葬送の曲「春の海」で開式。マテー千佐子さんらのピアノ演奏や、野村さんのおい親子の志村禅保さんと妙花さんの尺八、箏演奏もあった。

親戚を代表していとこの土橋由彦さんは、「一世紀を音楽と共に生き抜かれた。今日あるのもともさんのおかげ」と弔辞を述べた。二葉高の竹花光子同窓会長は、同校の明治のピアノ復元に際し相談した経過を披露、茅野市の藤森貴子さんは、「仕事への姿勢はともさんの教え」と感謝した。

野村さんに生涯寄り添った長女の眞理さんは、いつも穏やかだったという母親との思い出に触れ、「これからも音楽文化が育つ諏訪であってほしい」とあいさつした。80代の女性は帰りがけ、「音楽に囲まれ、心に染み入るお別れが出来た」と遺影に再度手を合わせていた。

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