2017年12月08日付

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「小学校の卒業式に中学の制服で臨むのはおかしい」。富士見町議会で町議からこんな発言があった。長年の習いで疑問も感じてなかったが、確かに不思議だ▼指摘の理由は「進学校に合格した子どもだけ制服が異なる。不合格だった子どもの心情を思えば皆で心を一つに過ごした小学校生活の最後にふさわしくない」。これに対し教育長の考えは違った。「受験に対しては十分にケアをしている。卒業式は晴れの姿を見せる場でもある」▼双方とも一理あると感じつつ、以前、小学校で取材を断られた体験を思い出した。スポーツ大会で優勝したクラスを紹介したいと申し入れたところ、担当教諭は「優勝した子どもが図に乗ると困るし、負けたクラスにも悪い」と言う▼教育現場はこうして子どもの心を守ろうと常に細やかに気を配っている。しかし一歩社会に出ればいや応なく競争にさらされる。それを拒否する人もいるが、たとえば店頭にある商品を1点選ぶことも裏には生産者の競い合いがあるように、この社会で生きる以上、競争の渦中から抜けられない▼だが、そこには過程の努力を認めてくれる温かい目も随所にある。他人には結果しか見えなくても当事者、経験者にはそこに至るまでの苦労も、喜びも悔しさも分かる。だから子どもたちにこう伝えてもらえないだろうか。「その気持ちをくめる人になることが結果より大切ではないか」。

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