高島城の石垣に諏訪市章? 天守の北側

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木落し坂で掲げられた諏訪市章の巨大幕(写真上)と、高島城石垣にある黒ずんだ石の連なり(写真下)

木落し坂で掲げられた諏訪市章の巨大幕(写真上)と、高島城石垣にある黒ずんだ石の連なり(写真下)

諏訪市の高島城の石垣表面に浮かび上がる黒ずんだ石の連なりが、諏訪市章に見えると市民の間でにわかに話題になっている。普段は意識することの少ないマークだが、御柱の木落し坂に市章の巨大な幕が掲げられた以降、「似ているぞ」との声が聞かれるようになった。

これらがあるのは天守の北側の石垣。市章のように円形ではなく、楕円形を描いているが、市内の男性は「冠木橋近くのヤナギの木辺りから眺めるとそっくり」と言う。

市の前教育次長で高島城職員の高見俊樹さんは、来館者からそうした声は寄せられていないとした上で、実際に目で確かめると「市章のように見えるね」。黒ずんだ部分の内側にある石は、表面が比較的きれいで「他よりも新しい時代に積み直されたものとみられる」と推測。修理後に古い石の黒い縁取りが浮かんだとみている。

市章は1941年、上諏訪町と豊田村、四賀村が合併して諏訪市が誕生した際に制定した。幸運をもたらす瑞鳥とされてきた鵬と「スワ」の文字で構成。諏訪大社御柱祭下社山出しの木落しを前に、上諏訪地区の氏子が斜面で市章の幕を掲げていた。

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