古墳時代研究にスポット 県立歴史館でセミナー

LINEで送る
Pocket

県立歴史館(千曲市)で17日、古墳時代の研究にスポットを当てた考古学セミナーが開かれる。調査報告では、諏訪市有賀の小丸山古墳から出土したよろいが、飛鳥寺(奈良県明日香村)から出たよろいと類似し、「ヤマト王権」と深く関わっていたことや、伊那市東春近の老松場古墳群の1号墳が南信で最も古い前方後円墳である可能性が出てきたとする発表が行われる。

諏訪、上伊那の最新の研究成果に加え、飯田地域の古墳群の講演もあり、古墳の築造時期や馬具などの副葬品から、南信とヤマト王権との関わりと県内の馬の文化についても考察する。

報告は午前10時30分から。小丸山古墳(6世紀末、直径約20メートルの円墳)は小さな鉄片をつないだ小札甲と呼ばれるよろいが、飛鳥寺(蘇我馬子が建立)の、建物の中心となる柱を支える礎石にあったよろいと類似していることが判明した。

よろいは古墳時代後期の最新式で、ヤマト王権の最高級品の技術を伝える逸品とされる。ほかに、銀象嵌といわれる装飾が施されている太刀や、馬具なども発掘され、伊那と諏訪を結ぶ有賀峠の麓に、ヤマト王権と深く関わる有力者がいたと考えられている。諏訪市教育委員会の児玉利一さんが話す。

老松場古墳1号墳は古墳群7基のうちで最も大きく(全長約30メートル)、測量の結果、ほぼ前方後円墳と分かった。形状から造られたのは4世紀末から5世紀初頭とされ、南信では最も古い前方後円墳とみられる。前方後円墳と確認されれば、上伊那では箕輪町の松島王墓古墳に次いで2例目になる。

前方後円墳はヤマト王権の圏域を示すとされ、県内ではこれで47基(善光寺平20、飯田・下伊那23、上伊那2、下諏訪町1、上田1)に。1号墳が4世紀末から5世紀初頭に造られたとすると、善光寺平の前方後円墳同様に、上伊那でも早くからヤマト王権と関わっていたことになるという。伊那市創造館学芸員の濱慎一さんが発表する。

午後1時からは県考古学会会長の小林正春さんが「古墳時代研究における飯田古墳群の位置」と題して講演。引き続きこれら講師3人のミニシンポジウムを開き、県内では古い段階から馬の文化が入り、ヤマト王権の最新技術も入っていたことを考察する。

県歴史館によると、ヤマト王権とかかわる県内の豪族などは、ヤマト王権で事が起きると、よろいを身に着け馬に乗り、神坂峠(阿智村と岐阜県中津川市の境)を越えて急行したと想像できるという。

聴講は観覧料が必要。問い合わせは同館(電話026・274・3992)へ。

おすすめ情報

PAGE TOP