研究者語る赤報隊 相楽祭150年祭記念講演

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相楽祭150年祭で講演する高木さん

明治維新の先駆けとして活躍しながら偽官軍の汚名を着せられて処刑された相楽総三(1839~68年)ら赤報隊を慰霊する相楽祭150年祭は1日、下諏訪町で開いた。地元住民有志でつくる相楽会(阿部光男代表)が主催。不遇の死から150年の節目を迎えた記念として、岡谷市出身で国文学研究資料館名誉教授の高木俊輔さんと、幕末史研究家の西澤朱実さん、徳川記念財団学芸員の岩立将史さんを招いた講演会を下諏訪総合文化センターで開いた。

高木さんは、年貢の半減を掲げて官軍の先鋒隊として中山道を進軍した赤報隊が偽官軍として処刑された経緯を「お金がない新政府は資金のある志士に頼っていたが方向を転換し、大商人と結び付いた。年貢の半減を取り下げなければ大商人が取り立てていた年貢が集まらなかった」と述べた。

西澤さんは豪商だったとされる総三の実家について、近年になって子孫の家から発見された資料を基に解説した。総三の家族が貸し手として名前が残る借金の証書から「現在の価値で1億円を踏み倒され、さらに2千万円を貸している。これだけのお金を動かせる力があった」とした。

岩立さんは「相楽祭の源流とその変遷」と題して総三らが処刑されてから現在に当たるまでの歴史をひもとき、「処刑と同じ年に京都で慰霊の活動が始まった。明治期に途絶えた相楽祭は大正で復活し、昭和では下諏訪町全域の人々が参加するようになり、格段に発展した」とした。

会場がほぼ満席になる約180人が来場。150年前に志半ばで下諏訪の地で無念の死を遂げた赤報隊について違った角度からの研究者の話に熱心に聞き入っていた。講演の後には同町魁町の魁塚で慰霊祭があり、子孫ら約70人が参列して冥福を祈った。

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