2018年4月27日付

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毎年、暑さがこたえる時期になると、梓川の清流に触れたときの冷たさと心地よさを思い出す。夏の上高地の魅力の一つだ。きょうは50回目の上高地開山祭。本格的な観光シーズンが幕を開ける▼霧ケ峰などの山岳文化や登山史に詳しい研究家、布川欣一さんの労作に「明解日本登山史」(山と溪谷社)がある。それによると、上高地の本格的な開拓は江戸時代に始まった。明治時代に入ると、ウェストンら穂高連峰などへの登山者が訪れるようになる▼初期の「近代登山」を支えたのは山道を案内したり、物資を担いだりした地元民だ。狩猟や農林業を生業とする人たちが担った。上高地の明神池のほとりで小屋を構えていた上條嘉門次は、ウェストンの信頼を得て山岳案内人として名をはせた▼当時、高山に関する情報は極めて乏しく、交通や宿泊事情も悪かった。前掲著は「山村の人々が担った裏方の活動を欠いて、近代日本登山史は語れない」と記す。彼らは単なる力仕事だけの人々ではなく、山や気象に関する卓越した知識、山登りの技術、身のこなしや方向感覚で登山家を驚かせた▼こうした山の民の技能を布川さんは「地図や文書なしに代々伝えられ、村落共同体や家々に蓄積された共有財産」と指摘する。スマートフォンやパソコンが何でも代行してくれる今、山に限らずいろんな分野で知恵や技能の”共有財産”が失われつつあるのではないか。

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