登戸研究所の歴史後世に 調査研究会が発足

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登戸研究所について説明する木下さん

戦時中に秘密兵器開発を担い、終戦間際に駒ケ根市などに疎開して活動した旧日本陸軍登戸研究所についての調査研究や情報発信などを進めようと、市民有志らが13日、登戸研究所調査研究会を発足させた。駒ケ根総合文化センターで発足式を行い、約30人が参加。研究所や戦争の歴史を後世に伝えるため、住民らへの聞き取り調査や資料収集、展示活動や資料館設置の検討などを進めていく。

登戸研究所は秘密性の高い兵器や軍事技術の研究を目的に東京で設立後、神奈川県川崎市に移転。空襲の激化などを受け1945年に県内などに疎開した。駒ケ根市には中沢地区に毒薬や細菌、特殊爆弾を開発する部門が移転。終戦と同時に資料が焼却処分されるなどして存在が広く知られることはなかったが、89年に赤穂高校の平和ゼミナールが調査を始めたことで実態が明らかになった。

調査研究所は、当時平和ゼミで顧問を務めた元高校教諭の木下健蔵さん(63)=同市下平=と、市の前教育長小木曽伸一さん(69)を共同代表に、当時の平和ゼミメンバーや現役の赤穂高校生、一般市民らが参加。研究活動に動員された住民への聞き取り調査や資料収集といった調査活動をはじめ、学習会の開催や「語り部」の養成、研究成果の発表などに取り組んでいく。資料館の設置についても検討を進める。

学習会は2カ月に1回の割合で開く計画で、この日は発足会に先立ち1回目を開き、木下さんが登戸研究所について、設立から疎開に至る経過、研究内容、平和ゼミによる地域での調査活動などについて解説。参加者からは、同様に拠点が設けられた宮田村などとの連携や、 資料館設置を期待する声が寄せられた。

木下さんは「登戸研究所の研究内容などは知られてきたが、地域との関わりなど分からない点も多い。関係者に聞き取りする最後の機会と捉え、新たな事実を明らかにして後世に残したい」と意欲。小木曽さんも「戦争の恐ろしさを伝えるために地元に資料を展示し、訪れる人たちに説明できる環境を整えたい」と話している。

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