蓼科での出会い交友録 柳澤徳一さんが講演

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蓼科での文化人との交流を、当時の写真や思い出の作品とともに振り返る柳澤徳一さん

文化人らに愛された蓼科高原の歴史について学ぶ集会「蓼科高原・今昔ものがたり」(ふるさと文化を語り継ぐ会主催)が19日、茅野市塚原の市市民活動センター「ゆいわーく茅野」で開かれた。蓼科にある小津安二郎記念館「無藝荘」の火代番を昨年を最後に勇退した柳澤徳一さん(84)=茅野市湯川=の引退記念講演会や、文化人が四季を詠った「蓼科の歌」(1956年)の合唱動画上映などがあり、約60人が往時の蓼科に思いをはせた。

無藝荘は日本映画界の巨匠、小津安二郎監督(1903~63年)が晩年の仕事場とし、現在は小津監督ゆかりの記念館となっている。柳澤さんは小津監督をはじめ、蓼科を訪れたさまざまな文化人との交流を振り返り「青春時代に出会ったこれらの人たちが私の人生をつくってくれた」と語った。蓼科の歌の紹介文を書いた評論家の古谷綱武さんとも親交があり、地元の仲間としばらく歌っていた思い出も明かした。

蓼科の歌は、山荘暮らしの仲間だった佐々木斐夫さん(西欧思想史)、與田準一さん(児童文学)、片山敏彦さん(ドイツ文学)、中尾彰さん(画家)が、それぞれ春夏秋冬の歌詞を担当した全4番の歌。美しい蓼科の四季が詠われている。主催者の依頼で下諏訪混声合唱団が収録に協力し、合唱の様子が会場で上映された。

他に、1940年の「神武紀元2600年」を記念して建立され、この年のあらゆる出版物が保管されている蓼科のモニュメント「紀元二千六百文化柱」も紹介された。建立から100年後に当たる2040年に開封されるという。

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