2018年6月1日付

LINEで送る
Pocket

入学当初は緊張していた新入生たちの表情も和らぎ、のりの利いた制服もなじんで板に付いてきた。今日から衣替え。夏服になると新人でなくてもまた新たな気持ちになる▼制服の是非を考える研究者と語らう機会があった。「性別違和の障がいがある生徒にとって制服は苦痛。服装は個性の表現で人権として自由が保障されるべきだ」「私服は保護者の価値観や生活格差が表出する。そもそも親に買い与えてもらう服装で個性を論じていいか」などと意見は多様で結論が出なかった▼性別の不一致に苦しむ人にとっては制服という画一的な枠組みがある限り苦痛は取り除けず、社会的な課題といえる。また、自我が芽生える年頃とあれば制服を不自由と感じ、十把一からげに扱われることへの不満も膨らむだろう▼一方では着る人の在りようで所属の学校や組織の印象が決まってしまうほどの重みを伴う。その責任に気を引き締め、寄せられる信頼に恥じぬよう言動を心掛けるうちにふさわしい人格が養われるという良い面もある▼服装が選べる時代だから、というべきか、「帽子やマフラーを身に着けたままでの食事、時や場所にそぐわないマナー違反はいかがなものか」との苦言もしばし聞く。服の装いは自身のためだけでなく、周囲やその日会う人への礼でもある。どのような気持ちで袖を通すのか。個性、人柄はその気構えに表われるように思う。

おすすめ情報

PAGE TOP