第一勧銀旧山荘の模型公開 八ケ岳総合博物館

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初公開される第一勧業銀行旧蓼科山荘の模型と寄贈した小池さん

かつて茅野市蓼科にあった第一勧業銀行(みずほ銀行の前身)の旧蓼科山荘の模型が9日、市八ケ岳総合博物館で初公開される。管理人だった小池美秋さん(84)=同市塚原=が「蓼科の保養所建設の先駆け的な存在」と、同館にこのほど寄贈。貴重な資料として収蔵庫公開日に合わせお披露目する。

模型は50分の1の大きさで、細部まで忠実に再現されているという。山荘は1934(昭和9)年に完成。近くに新山荘を建設するのに伴い81(昭和56年)に取り壊された。この旧山荘の取り壊しと新山荘建設を請け負った間組(東京都)が「旧山荘を模型にして後世に伝えたい」と製作。模型は第一勧銀に置かれたほか、みずほ銀にも引き継がれ、4、5年前に小池さんのもとに送られたという。

旧山荘は太平洋戦争を挟み小池さんと父馨さんの2代が50年近く管理してきた。小池さんによると、旧蓼科山荘があったのは新湯温泉から蓼科山方面に2キロほど入った登山道沿い。スイスに留学、山小屋の勉強をした菅野信太郎が設計。同市湯川の大工、平林藤太郎が棟梁になり建築した。

造りは屋根裏部屋のある木造3階建て。1階に食堂や風呂などが入り、2階と屋根裏部屋が宿泊場所になっていた。収容人数は25人ほど。建材の柱は近くの山林から調達したという。

旧山荘を建てたのは第一勧銀の山岳会有志だった。全国の支店に趣意書を送り、行員たちから資金調達して5200円で建設。その後1948(昭和23)年に、旧山荘を勧銀に寄贈した。蓼科を建設地に選んだのは、山岳会メンバーに同市南大塩出身の小平潔がいたからだったという。

小池さんは、模型とともに旧山荘玄関に掲げられていた看板や写真、絵はがきなども寄贈した。

博物館は「山荘は陸軍の地図に載っていたと聞く。蓼科を代表する別荘建築だったのではないかとも思われ、茅野市の観光を語る上でも貴重な資料」としている。9日の公開は午前9時30分、午後2時30分からの2回。問い合わせは同館(電話0266・73・0300)へ。

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