旧日本陸軍登戸研究所 資料を現地調査

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駒ケ根市民俗資料館の収蔵品を現地調査する参加者

戦時中に軍の秘密兵器開発を担い、終戦間際に駒ケ根市などに疎開して活動した旧日本陸軍登戸研究所についての調査研究や情報発信を行う住民有志の会「登戸研究所調査研究会」は10日、会の発足後初の現地調査を同市中沢の市民俗資料館で開いた。会員や一般から15人余が参加。ガラス製の実験器具や水のろ過機など、同館が所蔵する登戸研究所関連の展示品を見学した。

登戸研究所は陸軍の秘密戦兵器や資材を専門に開発する機関。戦況が悪化した第2次大戦末期には本土決戦に備えて組織の一部が県内などに疎開した。市内には中沢地区に毒薬や細菌、特殊爆弾を開発する部門が移転。終戦と同時に資料が処分されるなどして存在が知られていなかったが、1989年に赤穂高校の平和ゼミナールが調査を始めたことで実態が明らかになった。

調査研究会は同研究所に関する学習や調査を進め、資料として後世に伝えようと、市民有志が集まり5月に発足。会では当時を知る住民への聞き取り調査や資料収集、展示活動などを行っていく方針で、手始めに初の現地調査を企画した。

市民俗資料館はかつて同研究所の疎開先にも使われた旧中沢小学校の木造校舎を利用している。この日は平和ゼミナールの顧問を務めた元高校教諭で会の共同代表を務める木下健蔵さんが、館内にある研究所関連の展示品について解説。参加者らは地元に残る貴重な資料を見学し、当時の状況に思いをはせた。

調査研究会の発足を機に、今年度復活した平和ゼミナールのゼミ長を務める赤穂高校定時制3年の山口樹稀(たつき)さん(20)は同館の所蔵品を初めて見学。「資料が圧倒的に少ない。これだけでは何をやっていたか分からないので、関係者の証言が大事」と指摘し、「先輩たちの調べた資料やこれまでの調査結果を整理し、後世に残していきたい」と話していた。

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