大きかった氏子の力 96年ぶり「本宮一」大役果たす

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96年ぶりに担当した諏訪市豊田・四賀地区の氏子らが見守る中、ゆっくりと立ち上がる「本宮一」

96年ぶりに担当した諏訪市豊田・四賀地区の氏子らが見守る中、ゆっくりと立ち上がる「本宮一」

「氏子の皆さんの力が本当に大きかった」。諏訪大社御柱祭の上社里曳き最終日の5日、上社側で最も太い本宮一を96年ぶりに担当した諏訪市豊田・四賀地区は、フィナーレを飾る建て御柱に臨んだ。4月の山出しで大きな目標の「時間厳守」を達成する曳行をし、里曳きも初日、2日目と諏訪市神宮寺の本宮境内に向けて順調に進んだ。建て御柱を終えた両地区の関係者は、計画通り曳き建てができた要因について、異口同音に「氏子の力」を挙げた。

この日は午前9時すぎ、斧を使って御柱の先端を三角すい状に整える冠落としなどをした後、建て御柱を始めた。境内を埋めた氏子たちが見守る中、木やりやラッパの後押しも受けて柱が少しずつ頭をもたげる。柱に乗った男たちがピンクと黄色のおんべを揺らした。午後2時30分ごろ、御柱がほぼ垂直になったことが伝えられると、氏子たちから歓声が沸き起こった。

諏訪清陵高校書道部が書いた「未来曳行」の大幕が披露され、大社の杜に屹立した御柱には「未来へそして宙まで届け本宮一の御柱」の垂れ幕が下げられた。くす玉が割られ、会場の熱気は最高潮に達した。

閉会式で、曳行長を務めた宮下信市さんは「氏子の皆さんに支えられ、心に残る御柱になった」と述べ、祭り期間を通して氏子たちを鼓舞し続け、かすれた声で「ありがとう、ありがとう」と繰り返した。

2月15日の抽籤式で、抽籤総代として「本宮一」を引き当てた北澤重秋さんも、「皆さんに心から感謝したい」とあいさつに万感の思いを込めた。

上社御柱祭安全対策実行委員会の曳行部長でもある飯田政信さんは取材に、「皆さんには無理なこともお願いし、関係機関とのさまざまな調整もあった。そうしたことの一つ一つが頭に浮かび、目頭が熱くなった。氏子の皆さんの力のすごさを感じた」としみじみと語った。

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