井上井月ゆかりの句集 駒ケ根で初の発見

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句集「余波の水くき」を掲げる田村さん夫妻=駒ケ根市中沢

江戸から明治期に伊那谷を放浪した俳人、井上井月が師となり、門下生と1885(明治18)年に刊行した句集「余波の水くき(なごりのみずくき)」が、駒ケ根市中沢の民家の土蔵から良好な状態で発見された。この句集は伊那市に現存するものの、駒ケ根では初めて見つかり、研究者は「井月が愛した中沢で発見されてうれしい。駒ケ根の『宝』として末永く受け継いでほしい」と喜んでいる。

句集は、同市中沢中割の田村晴男さん(66)、晴子さん(66)夫妻宅(屋号西城)で見つかった。サイズは縦21・5センチ、横約15センチの全58ページ。筆字を彫って和紙へ写す木版刷りで、糸を使い製本している。句集には門下生が寄せた俳句約540句を収録する。現在の駒ケ根市関連では旧中沢村の人が23句、旧赤穂村の人が6句を寄せている。

田村さん夫妻は先月、1887(明治20)年に建てた土蔵を整理。その際、内部から古い書物が現れ、近くの中沢公民館に持ち込んだ。一般社団法人「井上井月顕彰会」の下島大輔理事(80)=同市中沢=が確認したところ、書物の大半は江戸時代の寺子屋で用いた教本だったが、その中に句集がまぎれ込んでいた。

当時、井月は俳句を指導する立場で、句集の巻末には「落栗の座を定めるや窪溜まり」の自作の句と、「跋文」と呼ばれるあとがきでは「古里に芋を堀て生涯を過さむより、信濃路に仏の有がたさを慕はむには…」などと書き出し、伊那谷に20年余足を止め、語り合える親しい友がいることが幸せ―などの意味を含む文を残している。刊行は井月が死去する2年前とみられている。

田村さん夫妻は「そんなに貴重なものが土蔵にあるとは思わなかった」と驚き、句集は今後、駒ケ根市立博物館に寄贈する計画だ。

一方、下島さんは「井月は『中沢連(中沢の人たち)は親切だ』との言葉を残しており、地元で見つかってこんなに喜ばしいことはない」とし、「旧家には、まだ貴重な資料が残されている可能性があり、処分する前に博物館などに持ち込んでみてほしい」とも呼び掛けた。

井月は生前、自らの作品を収めた句集を発刊しておらず1930(昭和5)年に下島さんの親族で医師の勲氏らが全集を出版し、井月の才能を世に知らせたとされている。

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