星ケ塔遺跡の黒曜石 北杜市の縄文人が採掘か

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星ケ塔遺跡の縄文時代晩期の採掘坑=2015年10月31日

下諏訪町の和田峠近くの国史跡「星ケ塔遺跡」で発掘された縄文時代晩期(約3000年前)の黒曜石の採掘坑について、山梨県北杜市の縄文人が掘り出し、持ち帰っていた可能性が高い―と専門家が推定していることが分かった。採掘していたのは同市大泉町の国史跡「金生遺跡」の縄文人で、星ケ塔まで片道約40キロを往復していたことになる。両遺跡は5月に認定された「日本遺産」の構成文化財になっている。

推定しているのは星ケ塔遺跡の発掘調査に長年携わる下諏訪町諏訪湖博物館の宮坂清館長ら。宮坂館長は縄文時代中期に栄えた諏訪地方のムラは晩期には衰退すると指摘。その上で「諏訪地方に採掘集団がいなくなり、遠くから採掘しに来たと考えられる」とする。

金生遺跡からは星ケ塔の黒曜石が約77キロ出土している。北杜市教育委員会学術課の長谷川誠学芸員も山梨県内に黒曜石の原産地はないと指摘。「これだけまとまった量は交易によって持ち込まれたものとは考えられない」とし、標高900メートル弱の金生遺跡から同1500メートル地帯の星ケ塔採掘地に「2、3日かけて行き、2、3日かけて帰ってきた」とも考察する。

出土した黒曜石は良質なものが少ないといい、星ケ塔産の良質な黒曜石はここで加工されたり、原石のまま各地に流通していったとも考えられるという。

星ケ塔遺跡は縄文時代の採掘跡が193カ所見つかっている。前期と晩期の採掘坑口も見つかり、中でも晩期の採掘坑は深さ約3メートルに及び、穴底には黒曜石の岩脈をたたいた跡も残る。原石や加工された矢じりなどは北海道福島町の館崎遺跡、青森県の三内丸山遺跡や関東、北陸などの遺跡からも見つかっている。

宮坂館長は「黒曜石が見つかった各地の遺跡を結ぶことで面としてとらえることもできる」とし、日本遺産の認定を弾みに「『縄文』をキーワードに行政の垣根を越えて活用していければ」とする。

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