心の御柱天を衝く 「6年後また会いましょう」

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垂れ幕にそれぞれの思いを込めフィナーレを飾った下社里曳きの建て御柱=秋宮一之御柱

垂れ幕にそれぞれの思いを込めフィナーレを飾った下社里曳きの建て御柱=秋宮一之御柱

協力一致は結実した-。諏訪大社御柱祭の下社里曳きは最終日の16日、残す春宮の1本と秋宮の4本の御柱が垂直に建ち、全ての日程を終了した。下諏訪町郊外の御用材調達地の東俣国有林で仮見立てが行われたのは2013年5月。見立て、伐採、仮搬出、そして今年4月の山出しを経ての最終章だった。3年間に及ぶ準備と本番。氏子たちは天を衝いた巨木を感慨深げに見上げ、達成感と充実感に浸った。祝福のセレモニーも行いがっちり握手。次回の大祭(2022年)に思いをはせた。

春宮で唯一残っていた春宮三(下諏訪町第一、六、七、九区)は車地でワイヤが巻かれると、ぐんぐん角度を上げ、わずかな時間で真っすぐになった。柱の上から「至誠通神」と「伝えよう諏訪の氏子の心意気」の垂れ幕が掲げられ、町御柱祭実行委員会会長の青木悟町長は「下諏訪の心の御柱として次回まで建て続けてくれる」と語った。

秋宮はこの日が全部の建て御柱だ。まず秋宮二(岡谷市湊・川岸・長地)の冠が真上を向いた。垂れ幕で「美しい郷土を築き恒久の平和を祈る」と願い、「氏子の皆様ありがとう」と感謝した。

続いて秋宮三(岡谷市旧市内10区)が午後5時前には垂直になった。割ったくす玉からは「ありがとう秋三負けるな熊本・大分」と書いた幕が垂れた。大総代が「6年後にまた元気でお会いしましょう」と発声、乾杯もした。

秋宮一(諏訪市上諏訪)は同5時40分、万歳三唱。垂れ幕の文字は「復興 御柱を次世代に繋ぐこころ粋」。次世代に伝統と技を引き継いでいこうという心意気を込めたという。宝投げでは御柱の木っ端も使った。

最後を飾ったのは秋宮四(下諏訪町全町)だ。投光機に照らされ頭を徐々にもたげた。夜間になり冷え込む境内に「建て方ご無事でお願いだー」。何度も響く大人と子どもの木やり、それを受ける氏子の「よいさ、よいさ、よいさ」の掛け声が、建て方と乗り手を支える。

スムーズに頭を上げ、直立した御柱の頭から8時すぎ「祝 御柱祭最終章」と記した垂れ幕に続き「協力一致に感謝」の文字が躍った。氏子たちは笑みを浮かべ満足そう。大総代は各区長と固い握手を交わした。

岡谷市、下諏訪町と諏訪市上諏訪の大総代でつくる三地区連絡会議会長の土田忠さん=下諏訪町=は「皆の協力があって和やかに御柱ができた」と笑顔で振り返った。

氏子たちは、これで上社、下社の御柱祭を終えた。

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