少年の塔に恒久平和誓う 伊那公園で慰霊祭

LINEで送る
Pocket

慰霊祭で少年の塔に手を合わせる満蒙開拓青少年義勇軍の帰還者ら

上伊那教育会(飯澤隆会長)は4日、太平洋戦争中に上伊那地方から「満蒙開拓青少年義勇軍」として旧満州(現中国東北部)へ渡り、終戦の混乱などで犠牲となった青少年を追悼する慰霊祭を伊那市中央の伊那公園内に建つ「少年の塔」前で行った。教育会役員や義勇軍帰還者ら約40人が参列。91柱の冥福を祈り、恒久平和への誓いを新たにした。

飯澤会長はあいさつで、青少年の送出に教育会が積極的に関わった歴史に触れ、「戦後73年を過ぎてなお上伊那教育会の負の遺産を決して風化させず、恒久平和への努力を改めて誓い、同じ過ちを繰り返さない」と述べた。

義勇軍の隊員だった北原和夫さん(90)=同市西町=は終戦後、ソ連の命令で奉天の軍事工場などで重労働を強いられた。慰霊祭で「食料は何もなく、ただ飢えと寒さ、熱病に侵され、朝になれば息絶えている犠牲者が続出した」と振り返り、「苦しいところを生きてきて、平和の尊さをつくづく思う」と語った。

北原さんと同じ中隊に所属していた橋爪五郎さん(89)=同市西春近=は、旧満州からただ一つ持ち帰ったという水筒を見せ、「ソ連に衣服も布団もすべて取られ、裸一つで帰ってきた」と当時の悲惨さを話した。仲の良かった友人を失ったといい、「何であんなところに行って、命を落とさなければいけなかったのか」と表情を曇らせた。

参列者は塔に花を手向け、静かに手を合わせた。

おすすめ情報

PAGE TOP