2018年09月05日付

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地元の落語会の取り組みに少しだけ関わらせてもらい、年に数回落語に触れる機会をいただいている。その時代の風景や人々の表情が目に映るような、そばやサンマの焼ける香りも感じられるほどの噺家さんの巧みな言葉選びや表現力には、いつも感心させられる▼先日の落語会。本題に入る前のマクラで、近頃よく耳にする若者言葉が話題に。評判のラーメン店で「やばい、やばい」と感激した様子で麺をすする若者を演じて笑わせ、味だけでなく喜怒哀楽を一つの言葉で表現してしまっていると指摘した。決してきれいな言葉ではないとも加え、語彙力の低下や言葉の乱れを嘆いた▼手元の辞書には「犯罪者や非行少年などの社会での通語で」との注記に続き、「危険だ」「不結果を招きそうで、まずい」とある。言葉による伝統芸能に身を置くからこそ、師匠はより寂しさを感じているのだろうと推察した▼枕草子に清少納言の嘆きが残されているほど、言葉の使い方は古くからの関心事。そもそも言葉は変化し続けるもの。他者との交流を円滑にする道具であり、安易に正誤を断じるべきではないとの専門家の声もある▼とはいえ“乱れ”が気分を害することがあるのも確か。情報が飛び交うネット時代。言葉選びは一層大切になっているとも感じる。古くから人々の不快や不満、慣れや寛容が繰り返され、言葉が変化してきたのだろうかと考えてみた。

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