かつてここにジャンプ台 カボッチョ山に看板

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名残の石積み脇にジャンプ台の経緯を記した看板を設置する「北大塩の歴史を語る会」の会員

名残の石積み脇にジャンプ台の経緯を記した看板を設置する「北大塩の歴史を語る会」の会員

霧ケ峰高原の茅野、諏訪市境にあるカボッチョ山にかつてスキーのジャンプ台があったことを後世に残そうと、地元の茅野市北大塩の郷土史愛好者らが24日、ジャンプ台で利用していた石積みの残る現地を訪れ看板を設置した。看板には3年がかりで調査した結果を「カボッチョジャンプ台とスキー神社」として記している。

看板を立てたのは「北大塩の歴史を語る会」(村松英昭会長)。「このままでは誤った歴史が伝わってしまう」と危機感を持ったためだ。現地は国定公園の区域外で、看板設置には管理する北大塩財産区の許可を得た。作業は17人が参加して、縦60センチ、横90センチの大きさの看板をジャンプ台跡の石積み脇に設置した。

同会は、地元区の郷蔵に保存されている当時の区長日誌などをひもとき、諏訪市博物館発行の資料なども参考にしながら、カボッチョ山を含む霧ケ峰の池のくるみ周辺でスキー場がにぎわっていた1935(昭和10)年前後の様子を明らかにした。

同会の調査などによると、32(同7)年には上諏訪体育協会から茅野市の北大塩財産区が管理する場所にスキー場として借用したいと申し入れがあった。一帯はスキー場となり、39(同14)年にはカボッチョ山の傾斜を利用してジャンプ台が設置されるまでになった。

戦後になると、バス路線が開通して強清水のスキー場が栄え、池のくるみ周辺の施設は閉場していったという。

カボッチョ山の中腹には今もジャンプ台の名残があるが、「地元でも『土止めの石積みだ』と話す人がいる」といい、多くの人の記憶からは消えた存在となっている。

同会の村松会長(77)は「古里の歴史を語り継いで後世に伝えることは、諏訪のスキーや観光の歴史としても意味があることだと思う」と話している。

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