伊澤修二の功績解説 「進徳館の日」講演

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進徳館の日の記念講演で伊澤修二について講演する奥中教授

進徳館の日の記念講演で伊澤修二について講演する奥中教授

伊那市教育委員会は28日、高遠藩校を顕彰する第22回進徳館の日を同市高遠町高遠城址公園高遠閣で開いた。進徳館出身で東京音楽学校(現東京藝術大学)の初代校長を務めた伊澤修二の研究者として知られる静岡文化芸術大学の奥中康人教授が「伊澤修二はヨーロッパ音楽の導入者なのか 日本・音楽・みんなのうた」と題して記念講演した。

奥中教授は進徳館時代の修二を「西洋式軍隊のドラムの鼓手をしていた。銃による集団戦のためにドラムの音で整然と動いた。音楽でみんなが仲良くなる場面を少年時代に目撃したはず」と修二と音楽の出合いを話した。

明治維新直後の日本の音楽を「ランクの高い武士は能、庶民は三味線で複数文化だった。特定の音楽を用いるとかえってまとまらず、ヨーロッパ音楽はしがらみはないが遠すぎたので修二は和洋折衷の唱歌にした」と述べた。

修二が編さんした「小学唱和集」に収録する「蛍の光」の演奏を聞かせ、「日本の曲と思われているが、スコットランド民謡がアメリカの学校教育に使われ、修二が持ち帰って日本語の歌詞が付けられた」とした。

修二作曲の「紀元節」を「最初の5章節が雅楽、次が賛美で見事な和洋折衷スタイル」と解説。まとめで「ヨーロッパ音楽の導入者、日本の伝統音楽をだめにしたというのは正しくない。多くの人が楽しんでいる現在の音楽のきっかけをつくった」と結論づけた。

進徳館の日では高遠北小学校の浦野博校長の基調講和、同校中島元博教諭の実践発表、高遠高校音楽専攻の学習発表があり、約200人が来場した。

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