二・四事件を検証 矢澤さんが信濃に論文発表

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雑誌「信濃」に論文を発表した矢澤さん

上伊那郷土研究会員で「伊那路」編集委員の矢澤静二さん(66)=伊那市西春近=は、信濃史学会出版の月刊誌「信濃」第70巻第11号に論文「『伊藤泰輔日記』が語る二・四(教員赤化)事件―上伊那地域の事例にみる」を発表した。1933(昭和8)年に多くの教員が検挙された事件について、当時、伊那尋常高等小学校長で上伊那郡教育会の副会長だった伊藤泰輔(1889~1964年)の日記などから、上伊那の教育現場での状況を検証した。

同事件は上伊那での検挙を発端とし、県内で教員138人を含む608人が治安維持法違反で検挙された。矢澤さんは、発端となった上伊那で長年、研究されなかった主因を「事件に関わる資料が極めて少なく、関係した教員も立場上、話すことがほとんどなかった」とした。

矢澤さんは3年前、伊藤の娘から1931~58(昭和6~33)年の日記全44冊を譲り受けた。事件の対応に追われた伊藤の、克明に記録された日記を読み進め、当時の新聞や関連学校の資料と照らし合わせて分析を進めてきた。

論文では、事件発生の33年2月4日から、検挙された教員が裁判で受けた最終判決を記した翌年10月11日までの日記を部分的に引用。教育現場の混乱や検挙された教員の動向、伊那町議会への対応が明らかになり、伊藤の疲れや苦悩がうかがえる。

「伊藤は毎日、日記をつけていた。全く知ることができなかった教育現場の状況が、日記を読み解くことで具体的に見えてきた」と矢澤さん。日記だけでなく、当時の新聞でも事件を追って状況を考察した。「日記と新聞を合わせて分析することで伊藤の視点と世間的な捉え方が分かり、当時の状況が立体的に見えてきた」と成果を話した。

さらに日記の分析を進め、事件を要因に教員が対立した上伊那教育会事件や、教育会の満蒙開拓青少年義勇軍送出数への影響を調べていく。

論文には新たな研究成果として、検挙された教員の中で上伊那出身者が最も多かったと示すデータも載せた。二・四事件のほかに上伊那で学生が検挙される事件もあり、「革新的な教育がされていた地域だったのかもしれない。教育風土や指導的人物の関連性からの分析が、今後の重要な課題になる」と研究を進めていく。

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